2017年8月9日水曜日

日本の原風景、棚田・里山




日本の原風景、棚田・里山


講師プロフィール
安井一臣氏。元農薬メーカーで農薬の研究開発に携われました。現在、棚田学会理事(研究委員長)、棚田・里山散策の会事務局長としてご活躍されています。

棚田・里山の現地視察を始めたキッカケ
昨年、神田で棚田・里山の写真展をやったところ、「写真を撮ったところに俺たちもつれて行ってくれ」と言われ、本年4月に埼玉県小川町の棚田に案内しました。その棚田の写真です。東京から程近いところにもこのような風景が残っていることに感動します。林床にはジュウニヒトエが咲いていました。

その折、近くの里山も案内しました。自然林は一部で、大半はスギの人工林です。
この近くにスギの植林をしていない場所がありますので、そこも案内しました。ここではカタクリ、1つの茎からカップルの花が咲くニリンソウ、気高く1つずつ咲くイチリンソウ、アズマイチゲ、ヤマエンゴサク(ミチノクエンゴサクかもしれない)、これらの花は春の日差しが地面にあたる頃咲き、木が茂って日陰になると夏眠します。

棚田の四季
これから棚田の一年につきご紹介します。
-早春-
雪解けの季節を迎えた長野市田野口の棚田です。長野県千曲市は雪が深い。落葉樹の幹の根元から雪が溶け始め、丸い地面が見えて来たら田植えの準備を始める季節。千葉県鴨川の棚田、2月には野焼きをやってコメ作りの準備をします。ニホンアカガエルはカエルの中で一番最初に卵を産みます。時には薄い氷の下でも産み、産み終えると二次休眠する面白いカエルです。石川県輪島市の棚田地域にはアエノコトという伝統神事が残っています。一年間の豊作への感謝と次の年の五穀豊穣を祈願し、男女一組の田の神様を農家にお迎えし、冬の間はゆっくりお休み頂きます。

栃木県茂木町の石畑(いしばたけ)は有名な棚田ですが2月末からオオイヌノフグリ、3月になるとモモ、田植えの季節にはアズマヒキガエル(通称ガマガエル)が現れます。

-春-
私の郷里に近い長崎県松浦市の土谷(どや)棚田は海が見える棚田です。次は玄海原発がある佐賀県玄海町での田植えが終わった光景。夕日を撮ろうと半日待ちましたが、雲に隠れて撮れませんでした。

石川県輪島市白米(しろよね)千枚田では1004枚の田んぼが並んでいます。新潟県十日町星峠の棚田は山の中にあります。そして中越地震で有名になった長岡市旧山古志村では、多くの棚田が崩落しましたが、ここは奇跡的に地震では崩れずに残りました。昔からの棚田はここだけで、あとは全部コンクリートで固めた大きな田んぼになってしまいました。上から下に見下ろすと光の反射で11つの水面の色が変わって虹色になります。
これは栃木県茂木町の棚田です。お年寄りのご夫婦が小さな田植え機で田植えをされています。愛媛県松山市の棚田では小さな田植え機を入れるのに大変苦労をされていました。和歌山県清水町には川がU字型に流れ、半島型のあらぎ島棚田があります。この集落は秋篠宮妃紀子さまの曽祖父の出身地。紀子さまの長男悠仁さまの誕生日を祝おうと、毎年誕生日に竹灯籠のろうそくに火がともされ、棚田を飾ります。




田植えから2週間経つとイネも大きくなります。野焼きをしていた千葉県鴨川市の田んぼです。私たちもコメ作りをやってみようと栃木県の田んぼに出掛けました。ムラサキサキゴケ、ヒメオドリコソウ、スギナの胞子から出たツクシの林、カントウタンポポです。日本在来のタンポポポはセイヨウタンポポとの交雑が進み、頭花を包む総包の外片が締まっているカントウタンポポはなかなか見つけにくくなりました。

サワハコベは畑にあるハコベと異なり切れ込があります。ノアザミ、レンゲ、これは普通にあるタチツボスミレ、スミレにはたくさんの種類があり分類が難しい。オドリコソウ、キンラン、ギンラン、ラン科の植物は人気があります。ネジバナはゴルフ場の芝生にもよく生えています。田んぼに水が入る頃になると関東では一番多いトウキョウダルマガエルが卵を産みます。

山の斜面に開かれた段々の棚田、小川、雑木林、果樹園、ため池、集落を含めて里山と言います。里山は人が住む地域の自然なので人の手が入っています。こういう所には、色々な生き物がおり面白いです。長野県千曲市姨捨の棚田は特に有名です。市街地には数万人が住んでいるので里山都市とも言えます。


梅雨の季節になりました。新潟県柏崎市高柳町の棚田には古い伝統的家屋を守る集落があります。この頃見かけるのがシロツメクサ、チゴユリ、ナルコユリ、フタリシズカ、オカトラノオ、梅雨のころが食べごろになる酸っぱいけれど美味しいキイチゴ(モミジイチゴ)、ヘビイチゴに毒はないものの味も素っ気もありません。ホタルが飛びはじめる頃、白花やピンク色のホタルブクロが見られます。田んぼの中では普通のドジョウの他に、浮袋を持った絶滅危惧種ホトケドジョウが見られることがあります。このドジョウは近い将来絶滅の恐れが高いと言われる絶滅危惧1B類なので、捕まえて食べたことはありません。
タガメは水生昆虫の王様です。長い腕でオタマジャクシやドジョウを捕まえ、消化液を出してタンパク質を溶かして吸います。時々尻尾を水面に上げて空気を吸います。タイコウチも長い尻尾で空気を吸います。ガムシ、子供たちとって水の上に浮くアメンボウは大きな疑問です。シマゲンゴロウ。ゲンゴロウ類も絶滅危惧種になってきました。いつも背泳ぎばかりしているマツモムシ、模様が一文字に見えるイチモンジチョウ、保護色でなかなか天敵に見つかり難いニホンアマガエルは目の横に黒い線があるのが特徴です。

-夏-
長崎県川棚町の棚田、長崎県波佐見(はさみ)町は茶畑と棚田があります。佐賀県唐津市蕨野の棚田の石垣は日本で一番高く8.5mあります。
梅雨が明けるとトンボの季節です。このハッチョウトンボの大きさは1618㎜(1円硬貨の直径は20㎜)と世界で一番小さな種類のトンボです。棚田が大好きなトンボで栃木県では天然記念物に指定され茂木町の棚田で保護されています。イトトンボ、オニユリ、ヤマユリ、コマツナギ。コマとは馬のことで、馬をつないでも切れないくらい強いと言われています。


-秋-
秋が近づくと、イネが黄色く色づき始めます。イネの花の外に出ている白いのがオシベ、中にメシベがあり、オシベのすぐそばにあるので自家受粉され他家受粉はなかなかできません。長野市田野口の棚田ではイネが稔っています。滋賀県高島町の棚田地域は昔ながらの集落で綺麗なところです。石川県輪島市の1004枚の田んぼに日本で一番小さな田んぼがあります。A4くらいの大きさで2株植えると一杯になります。ここを小学生の女の子が管理していました。

8.5mの石垣の棚田、紀子様のご先祖の故郷の棚田も秋になりました。ノシメトンボ。いろんなトンボを描いた下敷きをもって、これは何トンボだと見ていくのも面白いです。ここは916日稲刈りに行く田んぼです。数年前みんなで稲刈りをしている風景です。これは千葉県鴨川市の朝霧が晴れてきたところの田んぼです。先ほどは1列に干していましたが、北陸地方では何段にも重ねて干す多段掛けです。東北地方では杭を立て、その周りに干し杭掛けと言います。

これがナデシコジャパンのナデシコ(カワラナデシコ)です。ツリガネニンジン。秋はキクの季節でノコンギクは白から紫まであります。野菊の墓という小説では薄紫色の菊としか書いていませんが、私はこの花であろうと思っています。野生のキクの中で一番綺麗なアワコガネギク。ツリフネソウ、キバナアキギリ、ヤマハッカ、ネコジャラシ(エノコログサ)。秋はキノコの季節でもあります。ワレモコウ、カラスウリ、よく里山で見かけ爽やかな酸っぱさのガマズミ。これを果実酒にすると赤いのが出来き、アイスクリームにかけて食べても美味しいです。ドングリ、イナホ、ヤマボクチ(アザミの仲間)、秋が深まるとリンドウ、ヤママユなどを見かけます。


-冬-
12月はミノムシ、春になったら小さな子供がチョロチョロ出て来るカマキリの卵塊。
東京から連れて行った少年が、餅つきを見て餠ってこんな風にできるのだと驚きました。
初雪が降った新潟県の山の中の名も無い棚田、十日町市星峠の棚田。雪の深いところでは冬に水を張るので晴れた日には空の色が水面に映って綺麗です。夕方の棚田、年を越すと雪一面になります。

1004枚の田んぼ、日本海から物凄く風が吹き付け雪が吹き飛ばされます。
一番雪が深い季節の山形県朝日町椹平(くぬぎだいら)です。

お米クイズ
1.      お茶椀一杯は、コメ何粒でしょう。500粒、1000粒、3000粒。
2.      握り寿司1貫はコメ何粒。寿司屋さんに拠って違うと思いますが、子供たちに聞かれて答えられませんでした。子供たちが近くの寿司屋さんに行ってご飯だけを握ってもらい、水を張ったお皿に入れて数えました。寿司屋さんは、こんなに緊張して握ったのは初めてだと言っていました。
3.      お茶碗1杯はイネ何株か
4.      種もみ1粒から何本の苗が出来るか
5.      1本の苗を田植えすると、秋に穂は何本できるか
6.      1本の稲穂に何粒コメができるか
(答え1番約3000粒、2400粒±50粒)
種もみ1粒から1本の苗。1本の苗から穂は約10本。1本の穂に約100粒着く。そうすると1粒が1000倍になります。だからコメの生産性が高い。現役時代の実験では麦1粒が250粒になったので、お米は4倍生産性が高いことが分かりました。

棚田の社会的価値、役割
1.      米をつくる
2.      梅雨時の水をためる緑のダム
3.      地滑りや土砂崩れを防ぐ
4.      水を浄化して地下水を供給する
5.      心が癒される風景を醸し出す
6.      多くの生き物たちを育む
棚田は日本に225haあり、水深20㎝とすると約7億トンの水を貯められます。これは黒四ダム4個分、東京ドーム350杯分であり、棚田を残した方が八ッ場ダムをつくるより良いかもしれません。田んぼでは水の3割くらいが地下に浸み込んで地下水となります。ソニー熊本工場では半導体を作っており、最後の仕上げは蒸留水できれいに洗わなければなりません。水を物凄く使うので、水の便が良い菊池郡に工場を建てました。ところが何年か操業していると地下水位が下がってしまいました。何故、そうなったのか原因を調べると上流の田んぼが耕作放棄され米を作っていませんでした。そこで、その田んぼを持っている社員にコメ作りを頼むと、23年後に地下水が回復しました。

棚田・里山の社会的価値を農水省が評価したら約8兆円になりました。風景をどのように評価するかは難しいのですが、棚田に来るまでの交通費のアンケートを行いました。この集計で抜けているのは色んな生き物を育む評価ですが、トンボ一匹が環境においていくら、オタマジャクシ1匹がいくらかは計算方法がありません。しかしかなり価値があると思います。技術進歩の中で変わらないのは将来にわたって人類は食べ物を食べます。自然の恵みを受けなかった歴史はありません。温暖化の中で災害も受けるでしょう。周りの人達と助け合わないで生きてきた歴史もありません。絆社会はこれからも続きます。他の生物と共生しないで生きてきた歴史もありません。人類が誕生して2030万年、トンボは1億年です。私たちの食物はすべて生き物です。生物多様性は大切にしなければなりません。棚田、里山はこれらの条件を満たしており、最近、私の家族も棚田の重要性を理解してくれるようになりました。市場原理主義に馴染まないものは食糧安保、環境です。国民が健康を保てるだけの食料を供給するのは政治の責任です。日本の食料自給率は39%、60%は輸入しています。輸出国が干ばつになったらどうなるのでしょう。今の政府は考えないようにしています。市場原理主義に馴染まない国や地域の伝統、文化、風習、洪水を防ぐ緑のダム、きれいな空気・水、国土などは輸入できません。

この様な話を他でしたら里山のボランティアに行きたいという人がいました。カタクリ山の藪払いをやった時の写真です。これは7月の九州豪雨、大分県日田市の新聞記事です。大規模な土砂崩落が川をせき止め、せき止めダムになっています。崩落した山の木はスギかヒノキの針葉樹です。針葉樹の木の根は真直ぐに伸びますが、横には張りにくいので崩落しやすくなります。佐賀県唐津市肥前町の大浦の棚田は海に面していて半農半漁の集落です。広葉樹の魚付林からミネラルが豊富な水が海に流れ、魚や貝がたくさんいます。

この様なところは土砂崩れになり難いです。先ほどの大崩落した大分県日田市の山は埼玉県小川町の景色と似ており、スギを沢山丁寧に植えています。こういう崩落可能性の高いところが全国にありますが、直射日光が地面に届くように山の手入れをすれば山も健康になります。昭和40年頃、農水省は農家に補助金を出して山にスギやヒノキを植えさせました。その5年後に材木の自由化を行い国産材が売れなくなりました。そして山の管理が放棄されました。1946年の国会議事堂前の写真です。食糧不足の時代、前庭はサツマイモ畑になっていました。恐らく国会職員の方が食料を作ったのだと思います。この様な時代が再びあってはなりません。環境には国境はなく棚田はアジアモンスーン地帯にたくさんあります。『みんなで暮らそう、みんなの地球』です。

質疑応答
    棚田の話で、鳥類・哺乳類の話しがなかったのは何故ですか
→ 肉食のタカなど鳥類は食物連鎖の頂点にあり、一番下がミジンコです。鳥類の写真は難しいのでスキップしましたがオオタカ、カモがいる環境にはたくさんの生物がおり、鳥類はメルクマールになります。野鳥写真が専門の友人は、枝に止まる写真を夜明けから夕方まで望遠カメラで狙い、3日間で1枚くらいしか撮れないそうです。チョウチョもメルクマールとなりオオムラサキならエノキというようにチョウチョの種類によってどのような植物があるのか分かります。
    この辺には、どのような鳥類がいるのですか
→ 私は練馬区の武蔵関に住んでおり、そこにはコゲラや大きな池にはカモやカイツブリがいます。石神井公園にはカワセミが、皇居にはいろんな鳥類がいるそうです。
    里山には、どんな鳥がいるのですか
→ シラサギはドジョウやオタマジャクシが好きなのでいると思います。ツバメも里山に多いと思います。豊島区にもツバメはいると思いますが、虫を採る効率は悪いのではないでしょうか。
    石垣がコンクリートになったところでも、棚田と言えますか。また石垣が崩れた時に修理できる石工さんは不足しているのでしょうか。

→ 時間の関係で説明をスキップしました。Ⅰ.新潟、長野、Ⅱ.岡山、兵庫、鳥取、島根、広島、Ⅲ.大分、福岡が3大棚田地帯と呼ばれています。岐阜や長野、長崎、佐賀にも棚田は多いです。静岡と糸魚川を結ぶ線の西側は山に石が多く棚田を作る時に石垣にします。東側は石が少ないので土手の棚田になります。石工さんがいなくて困っているのは西日本です。8.5mの石垣は、昭和元年に作ったと言われています。17歳の青年が父の死で農業を引き継ぎ、お米をたくさん食べたかったので10年がかりで石垣を作ったそうです。昭和17年に戦争に行かれ戦死されたので、本人はお米を8年間しか作っておらず、それから100年近く経過しましたが石垣は崩れていません。
現在、ここまでやる石工さんはいません。石垣の裏側には幅3尺の基礎工事をやっています。現在は石垣が崩れたら表面だけ石を積んで、石と石の間にコンクリートを流し込むのが普通です。東日本の棚田の場合、土手が崩れると1枚の田んぼにして大型機械が入れるようにしたりします。土手に草が生えて来るまで数年かかります。山古志村の場合、コンクリートを貼って修復しましたが、お米は儲からないので錦鯉を飼う池になったところもあります。
    群馬県沼田に疎開していたころ、結構棚田がありました。石垣が崩れた後、放置しているところがかなりあり、棚田を守っていくのは大変なんだなぁと思いました。
→ 現在、棚田は大変厳しい状況にあります。日本は減反をしながら米を輸入しており変です。私の年代は地球環境を壊してきました。このまま次世代に渡して良いのかとの気持ちがあります。棚田の役割を一人でも多くの人に分かってもらい、さらに現地を見てもらって体感してもらおうと散策の会を行っています。
    棚田の素晴らしさを再認識しました。現在の環境を孫たちに残して良いのか悩んでいます。食料自給率がどんどん下がり、残留農薬の恐れがある輸入農産物で健康を害しているのではと心配です。また今回の大分の台風災害は自然災害というより人災だと思います。国家予算は防災にもっと使ってもらうべきです。そのためには、この様な集まりから大きな声にしていくべきだと常々思っています。
→ 私も、まさにそう思っています。ご意見、有難うございます。この様な話を別のところで行った時、自民党の代議士さんらしい人がおられ、その方のコメントに腰を抜かしました。「まだ日本全国に公共投資するところが沢山あるなぁ」と言われたからです。多くの人が次世代のために環境を守るべきと自然発生的に声を上げるのが大切だと思います。米国で作るコメは米国の農薬取締法の残留農薬基準です。米国のコメの消費量はサラダの付け合わせ程度なのに対して日本人は年間60㌔食べるので、米国式の残留農薬では取り込み量が多くなってしまいます。従って多少割高でも日本の棚田のお米を消費していきたいと思います。
    3.11の震災の後、小名浜の人達を元気づけようと行ってびっくりしました。高い防波堤が作られ海見えなくなっていました。植林をして緑の防波堤を作ることを提案されている方もいます。また日本は戦後、米国の政策でパン給食となったため子供たちは米よりパンを好むようになりました。日本の小麦自給率は13%と低く、高齢者の認知症が多いのは輸入小麦のせいとも考えられ、これで良いのかと寂しい思いをしています。
→ 農薬に限らず、化学物質の管理はしっかり見守っていく必要があります。



参考

       開催日時  2017年7月22日(土)1330~1500
       会場    東池袋 第4集会室
       参加者   23名 マナビト生、豊島区民、新宿区民


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