2018年5月26日土曜日

放射線の生物効果


放射線の生物効果



講師紹介 檜枝 光太郎
東京都出身、1965年立教大学理学部物理学科卒業。19854月同大学理学部物理学科教授、19944月同大学理学部化学科教授を経て、20024月より同大学理学部生命理学科教授。 現在、立教大学名誉教授、日本放射線影響学会会員。


【はじめに】
皆さんは放射線に関して、どんなイメージをお持ちですか。本日の目的は、怖いと思う理由を正しく知りましょうというお話をします。

【原爆放射線による人体への影響】
まず放射線の量によって影響は変わります。我々は年間2ミリシーベルト程度は毎年浴びていても全然問題ありません。例えば5,0006,000ミリシーベルト浴びると人間は死んでしまいます。原爆の放射線量は直接測れないので放射線を浴びると放射能を出すようになる物質を集めて推測しました。1965年の推測が暫定1965年線量(T65D)です。1986年の推定DS86では、原爆が爆発して家にいたらどのくらい浴びるかなどをコンピューターで計算できるようにしました。2002年のDS02で見直しをしましたが、大きな違いは見られませんでした。
放射線を浴びて2ヶ月くらいまでに死亡してしまうのが急性障害です。広島では人口の33%が、長崎では28%が死亡しました。また爆心地から半径2キロ以内の死亡が2週間以内で88.7%3~8週間で11.3%でした。瞬時に亡くなられた方は放射線によるものではなく建物の下敷きだったり焼死や全身やけどで亡くなられました。大量に放射線を浴びると多くは10日前後で死亡します。私たちの体の細胞は日々増え続けますが、放射線を浴びると細胞が増えることが出来なくなります。特に腸の表皮は1週間で入れ替わり、入れ替わらないとばい菌が入って来たり、体液が流れ出て亡くなられます。
半径1.2キロ以内の死因は、爆風による外傷が20%、放射線障害が20%、熱線と二次的火災による熱傷が60%です。また生き残られた方には後遺症が出てきます。原爆の人間に対する影響の調査を最初は米軍が行いその後日本も加わり長期的な後遺症が行われ、現在は放射線影響研究所(広島、長崎)が追跡調査しています。

         白血病の線量反応


5は横軸が放射線量、縦軸が1,000人当たりの死亡率。白血病は放射線に浴びなくても発症します。このチャートから言えるのは、一般人が浴びる限度の放射線量(たとえば国際放射線防護委員会(ICRP)勧告の一般人の線量限度は1ミリシーベルト)の何十倍浴びても顕著な影響は出ていません。2.5シーベルト(1ミリシーベルトの2,500倍)浴びても白血病になる人は1,000人当たり4050人なので、浴びたら絶対がんになるというわけではないです。今、100ミリシーベルト浴びたら大問題になりますが。

        被ばく線量別白血病死亡数および過剰死亡数

        固形がんの線量反応

しかし表20.0050.2Sv(5200ミリシーベルト)では38,528人中、白血病死亡数は70人で放射線に拠るものは10人と考えられるので放射線に起因する死亡割合は14%増えたことになります。放射線の影響が早く出るのは白血病で、浴びてから5年くらいで白血病の率が上がります。白血病以外のがんを固形がんと言い、図6は放射線量とがんの発生率の関係です。人間が放射線を浴びるとどのくらいがんが増えるかをはっきり示した科学的データは、今でも広島と長崎の原爆しかありません。基本的な勧告は、このデータをどう解釈するかで普通の人が安全に暮らしていける基準が作られています。原爆は怖いですが、現実はこんな状況です。
プルトニウムから出るアルファ線は、空気中で1cmくらいしか飛びませんが、肺の中に粒がついてしまうとずっと放射線を浴びてしまうので、肺がんのリスクが高まります。そのため現在では厳密に管理されています。またプルトニウムは簡単に原爆が作れるので国際的には厳しい管理下に置かれています。
職業的被ばくについては別の基準があり、生涯で100ミリシーベルト浴びると、その仕事には就けなくなります。例えば福島の除染作業をやっている人達は一人ひとりに線量計を付けて被ばく線量を管理されています。長い時間少しずつ浴びた場合、人間の体の中には放射線の傷を治す仕組みがあります。上で説明したものは、短時間に放射線を大量に浴びた場合の影響です。少量の放射線より過度のストレスやタバコの方がずっと体に良くないと私は思っています。

国立がん研究センターがん情報サービスの最新がん統計に、生涯がんで死亡する確率は男性25%(4人に1人)、女性16%(6人に1人)と書かれています。このように放射線を浴びなくてもこれだけがんで死亡しているので、放射線を浴びたらどれだけ上乗せされたかと考えないと過剰に心配しすぎることになります。蓄積線量が100ミリシーベルト被ばくすると死亡する人の割合は0.5%増えます。

【自然放射線の影響】
ICRPの勧告した年間線量限度は、放射線作業者は50ミリシーベルト、一般人は1ミリシーベルトです。自然界の放射線は日本では一人当たり年間線量は2.1ミリシーベルト、世界平均は2.4ミリシーベルトです。また日本(関西方面の岩っぽい所の線量が多い)や世界各地(イラン、ブラジル、中国、インドも線量が多い)でも場所によって線量が異なります。世界では日本の線量の10倍以上受けて生活している人達がおりますが、疫学的調査ではがんの過剰な発生は認められませんでした。

【生活習慣とがんの関連】
確実にがんの発生につながるのがたばこ(他人のたばこの煙も含む)、過体重と肥満、アフトラキシン(カビの毒)。日本人男性は生活習慣が原因でがんになる割合は53%で、内訳の29%は喫煙、23%が感染(ウィルス)です。日本人女性は生活習慣が原因でがんになる割合は28%です。

【放射線と生活習慣によってがんになる相対リスク】
ザックリとしたイメージですが、100200ミリシーベルト被ばくした場合の相対リスク(1.08倍)は生活習慣の野菜不足に匹敵します。200500ミリシーベルト(1.19倍)は塩分の摂りすぎ、運動不足、肥満、やせ過ぎに相当します。喫煙・飲酒は1.60倍で、1,0002,000ミリシーベルトではさらに高1.80倍になります。

           がんのリスク(放射線と生活習慣)


【放射線防御の考え方】
がんの発生率は放射線量が少ない時は、率が低すぎて自然に起こるがんに隠れてしまい科学実験的には分かりません。①そこで確率的に起きると考えてデータ値からゼロに向かって直線で結び、線量と影響の現れる確率を推定します(確率的影響)。②しかし放射線の影響に警鐘を鳴らす人達は、この考え方に否定的でもっと大きな確率であると考えます。③一方発がんにはしきい線量(その線量以下では発がんしない)があると考える人たちは、直線よりも低い確率であると考えます。国際的には①の考え方を採用しています。

     成人の精巣、卵巣、水晶体および骨髄における確定的影響の推定しきい値

【放射線の生物影響の基礎】
放射線は細胞のDNAにキズ(化学的変化)を付けるので生物に影響を与えます。この関係をPowers of Ten を使って考えてみましょう。放射線が影響を与えるのはDNAレベルです。放射線を浴びると電離など物理的な現象が起きて、その後に化学的な変化(キズ)を与えます。キズが出来た後、正しく修復できれば細胞は死にません。キズを直せない時に細胞は死にます。キズを直しそこなうと突然変異が起きてがんを発症することがあります。DNAを直す酵素があり、そのような酵素が出来なかったり少なかったりする遺伝病があります。色素性乾皮症という紫外線に当たると皮膚がんが出来て早死にしてしまうものもあります。DNAの傷は放射線や酸化でも出来ます。またがんは1個の突然変異では起きません。10個以上の突然変異が重ならないと発症しません。DNA修復機能の解明は、2015年ノーベル化学賞を3人が受けています。1964年、米国のセトロウさんたちがDNAに生じた傷を直す力を持つ大腸菌とそうでないものがあることを発見。それ以来膨大な人が研究を行いトーマス・リンダール博士、ポール・モドリッチ博士とアジズ・サンカー博士がノーベル賞を受賞しました。私達の体の中では日夜この修復作業が行われています。

Powers of Tenの動画


           放射線の生体作用/環境科学技術研究所HPより引用


【放射線の内部被ばく】
放射性セシウムの食品基準値の国際比較です。日本は50100ベクレルですが、米国は1,200ベクレル、欧州は4001,000ベクレルです。これだけ基準値が異なっていても欧米人の発がんが多いわけではありません。だから放射線による発がんを過剰に心配しない方が健康に良いと私は思います。過剰に心配するストレスで健康を害します。


        食品基準値の国際比較



【質疑応答】
    1999年に大量に中性子を浴びて作業員が亡くなったのはJCO事故ですが、原爆ではそれほど中性子を浴びることは無いのではないですか。
→ 広島(ウラン型)と長崎(プルトニウム型)では原爆のタイプが異なり、広島の原爆は中性子の割合が多かったと思います。またプルトニウムから放出されるアルファ線は空気中では1㎝くらいしか飛びません。しかし肺の中に粒がついてしまうとずっと浴びてしまうので、肺がんリスクが高まります。そのため、現在は厳格に管理されています。またプルトニウムで簡単に原爆が作れるので、国際的には厳しい管理下に置かれています
    職業的な被ばくはどう考えたら良いのですか。
→ 生涯で100ミリシーベルト被ばくすると、被ばくするような仕事には就けません。そのような作業をする時には、一人ひとりが個人被ばく線量計をつけています。ウランは地球上にあるもので、それを集めて濃縮するから危ないものになってしまう。
    口の中にセシウム137が入ってくる影響はどう考えたらよいのでしょうか。
→ 口から入ったものは、体の外に出ていきます。セシウムは確か70日で体外に出ていきます。そこで70日間の間に、どれだけ体に影響を与えるかは国際的なモデルで計算出来ます。
    放射性物質は、どのようにして体内に入るのですか。
→ 元々原発の事故がなくても、我々は自然界に存在する放射性物質を取り込んでいるのです。そして放射性物質は地球ができた時から存在しているので、あらゆる生き物は進化の過程で常に放射性物質にさらされた中で生き残っているので、自然にある放射性物質は心配ありません。
    食物中のカリウム40の量は干しこんぶが2,000ベクレル、魚や生わかめは200ベクレルなのは、何故ですか。
→ 生こんぶは90%が水分なので乾燥させると水がなくなりカリウムのの濃度が10倍増えるからだと思います。
    北から原爆が飛んでくるかもしれないので、一家に1瓶ヨウ素を用意しておくべきではないですか。
→ ヨウ素剤の使い方は難しいのと、今回の福島ではほとんどヨウ素は摂取していません。つまり直ぐに情報を公開して食べるなとしました。しかしチェルノブイリでは10日ほどソ連が情報を管理して公開しませんでした。だから放射性ヨウ素で汚染した牛乳を飲んだり野菜を食べたりして、小児に甲状腺がんが増えています。なお甲状腺がんの死亡率は10%台と低いです。
    どうして本日の様な話が世間に出てこないのでしょうか。
→ このような話は読んでもらえないので、マスコミでは取り上げられません。
    本日のような話が出回ってくれないと、福島の食べ物は危ないと思って買い控えていました。
    これから子供を育てる世代はリスクを冒したくないので食べさせたくないと考えていたと思いますが、これは間違いだったのですか。
→ 今日紹介したデータをベースに個々人がどう判断するかにかかっています。
    CTは放射線を浴びるので危ないと聞いたことがあります。やはりそうですか。
→ 本日はデータが手元にないのではっきりしたことは言えませんが、10年前の機械と異なり現在は線量が減ったのでかなり安全だと思います。CTの放射線による発がんのリスクと、CTの情報を使って得られる治療上のベネフィットのバランスだと思います。


【参考サイト】
(放射線の健康への影響)
放射線影響研究所 放射線の健康影響
放射線医学総合研究所 放射線被ばくに関するQ&A
原子力百科事典 ATOMICA
原子力・エネルギー図面集 第6章放射線
公益財団法人 体質研究会

(がにについて)
国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方向けサイト
同上 それぞれのがんの解説
同上 人のがんにかかわる要因

【受講者の感想】
○普通の主婦にも分かるような噛み砕いた説明だったので、とても良かったです。
○放射能は無いに越したことはありませんが過剰に怖がらなくても良いことが分かりました。
○本日の話しを聞いて放射線より煙草の方が怖いと思うようになりました。
○今回の講義のテーマである、正しく放射線または放射能を怖がるということ。
世論に振り回され、福島だからと言ってむやみに怖がったり、福島の農産物を市場から締め出すなど、風評被害を広めるな!ということでした。お話の主旨は良くわかったし、聞いている時はなるほどそうだと理解したと思ったのですが、いざほかの人に内容を伝えようとするとうまく出来ない。馴染みがない単位数や実データをいかに表現するのか難しかった。
それより、この間の3.11NHK特集で福島の帰宅困難地区の生物調査のレポートが衝撃的でした。放射能は地下には行かなくて地表に積もったものを植物が取り込み、実や葉に放射能をためて体外に排出する。それを食べた動物達に影響が出ているというものでした。この番組に反論できるだけの知識や言い回し方が檜枝先生の講義ではゲットできなかったので、正しく怖がるということがいかに難しいかと思いました。



【開催】
日時:  201822日(金)9301130
会場:  池ビズ 地域活動交流センター
参加者: 8 マナビト生