2019年5月7日火曜日

私の異文化体験




1、日時  2019年4月20日(土曜日)10301140   
2、場所  豊島区地域活動交流センター 4階会議室
3、講座名 JICA国際協力出前講座 「私の異文化体験」
4、講師名 宮井 美津子 氏 
      JICA シニアボランティア経験を生かす会 理事
      地域活動 団地管理組合 理事
   
5、講座内容
【自己紹介】
 1967年  千葉県立千葉女子高校卒業
 1970年  東京逓信病院高等看護学校卒業
      東京逓信病院看護部
 1972年  横浜逓信病院転勤 以後37年間看護師として勤務
 2007年  看護師長を退職
 2008年~ JICAシニアボランティアとしてネパール・バヌアツ・ミクロネシアで活動

JICAシニアボランティアとしての活動】 
  ネパール(2008年~2010年)
・トリブヴァン大学ポカラキャンパスで看護師養成の指導者として活動。
・ネパールの若者たちは外国に働きに行くために看護師になる人が多かった。英語を 学んで出稼ぎに行く。
  バヌアツ(2011年~2013年)
・バヌアツ看護学校で指導者として活動。
・バヌアツは南太平洋シェパード諸島にあり、ニューカレドニアの東に位置する。
・バヌアツの看護学校に入る目的は、医者のいない無医村の島で島民のために働く。看護師は公務員となれる。
  ミクロネシア(2014年~2016年)
・ミクロネシア短期大学で指導者として活動。
・ミクロネシアは太平洋戦争の戦地で、戦後日本からアメリカの支配下になる。英語圏
・看護師にエントリーする目的は、アメリカへ出稼ぎに行くため、またはグアム大学に進学するため。キャリアアップのために短期大学に入る。


【バヌアツ共和国での活動】
  バヌアツの一般事情
面積 12190㎢  人口 約25万人  首都 ポートビラ  民族 メラネシアン系言語 ビスラマ語、英語、フランス語  宗教 キリスト教
・農業・漁業・観光業
 輸出 コプラ、木材、カヴァ(お酒)、牛肉、マグロ
  輸入 機械機器、食料品、日用品
・バヌアツの生活
  豚がお札の代わり、豚が富の象徴、主食はイモ
・バヌアツの気候
  83の島々 住民が住んでいる島は70  島の約半分は火山島 環太平洋火山帯
  気候は熱低雨林気候(海洋性気候) サイクロンの直撃(20153月)
・保健医療分野の課題
  人口の約80%が離島に住んでいる(医療へのアクセスが悪い)
  保健医療を担う人材の不足、特に医師、看護師が足りない
・バヌアツの看護師は、12年以上の基礎教育、入学時30歳以下、3年間の教育後看護評議会に登録、病院で2年間研修その後公務員として離島で働く、地域のリーダーとして活躍
・看護師になる勉強は厳しい
・病院実習 患者の話すビシュラマ語の通訳は学生
       子供は呼吸器系疾患が多い 靴をはかないので足のケガが多い
       母性看護 出産・分娩

  バヌアツの看護学校での活動
・きれいな病院にしよう
S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)―改善の講義と実習  日本人を意識した活動
 看護の質の改善、相手の満足、きれいな病院、きれいにすると気持ち良いことを体感
・バヌアツと日本を結ぶ「遠隔授業」を用いて 日本の看護大学からの授業  
災害とは何か 看護師は何ができるのか 災害看護の授業 
・看護の質について考える
・小さな島(離島)で10週間の実習  子どものお腹が大きい(寄生虫病―虫下し)
・チームワーク(仕事の仕方) 文化の違い 共通認識がない チームワークが難しい
・コミュニケーション 信頼関係を作る力…やさしさ、おもいやり
・ドネーション(寄付)するときは相手の状況をよく把握して行う。
 援助でバヌアツに贈られた最新医療機器が使えない 複雑すぎて使い方が分からない電動ベッド、最新型コピー機、中国からの漢方薬 せっかくの援助が役立たないことがある

【国際協力の現場から学んだ事】
  日本人を意識する
  (相手のために)自分は何ができるか考え行動する
  信頼関係とコミュニケーション

バヌアツは自然環境に配慮した地球にやさしい国
 ・お金や物に依存せず自給自足ができる国
 ・質素な生活を誇りにしている人々
 ・コミュニティが機能している

気候変動により災害が多くなっている 自然とともに生きること



【感想】
 「私の異文化体験」と題して講演された宮井さんのお話は、リタイア後のシニアにこのような生き方があるのかと、驚かされました。
宮井さんは37年にもわたって看護師として勤務され、医療事故に遭遇しバーンアウトして疲れて退職されたと話されました。普通でしたら退職後はのんびりと余生を楽しんで暮らすことになるのでしょうが、バーンアウトしたにもかかわらず、さらに過酷な環境に自分を置いて活動しておられました。
私は、いったい何が宮井さんを動かしたのかとても興味を持ちました。疲れ果てたら次に向かうエネルギ―が出ないはずなのに…。私のこの質問に宮井さんは「看護師時代の友人がJICAにいたから」と、さらりと答えられました。使命感に満ち満ちたスゴイ方だと感じました。
 宮井さんは、看護師として現場で勤務した経験を生かし、ネパール・バヌアツ・ミクロネシアの国々の大学で看護師養成や医療現場の改善教育に当たられていました。それまでの全ての経験を生かしつつ、その国の風土・文化・生活に合わせて教鞭をとっておられたのでしょう。勉強もさらに積み重ねて努力をし、人の役に立つ生き方をJICAで叶えていました。本当に素晴らしいと思いました。
  南太平洋のバヌアツは、タヒチやフィジーと同様に観光地としての認識しかありませんでした。今回のお話を聞いて、豚がお札替わりとか気候が日本に似ているとか、身近に感じられるようになりました。特に、質素な生活を誇りにしている国、お金や物に依存せず自給自足ができる国、コミュニティが機能している国バヌアツ、を知り学ぶことがたくさんあるように思いました。
 いわゆる途上国といわれる国々への支援の難しさや的外れのドネーションについては、時折耳にしていました。宮井さんが実際に携わった、その国の人材育成・若者支援・教育の活動は、将来必ず実を結ぶものであると感じました。大学で学ぶ学生たちも、医師不在の離島での医療活動やキャリアアップ、英語圏での出稼ぎなどを目的にし、将来をしっかりみていました。
 JICAシニア海外ボランティアの活動を知り、視野が世界へと大きく広がりました。
                                (記録 本間)

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