2026年1月19日月曜日

 「雑司が谷霊園の成り立ちと150年の歴史

 

【日時】2026117日(土)1000分~1130
【場所】池ビズ4階・ 地域活動交流センター会議室
【講師紹介】   雑司が谷霊園管理事務所
         管理事務所長 山口 浩平

 

 


 

【受講者の感想】
女性Aさん
 今日は雑司ケ谷霊園の成り立ちと150年の歴史について霊園管理事務所長山口氏のお話を伺いました。
    雑司ケ谷霊園は明治7年に青山、染井、亀戸、谷中と共に墓所が発売されました。
    夏目漱石や永井荷風、小泉八雲などの文化人が眠っています。また、小説やエッセイ等にも雑司ケ谷霊園が登場しているそうです。
    雑司ケ谷霊園の名前のケは大きな方のケですが、小さなケを使っていたり、駅名は雑司が谷だったり混在していてそれでも雑司ヶ谷と共通に認識されているところが面白く感じました。
    どうもありがとうございました。

 男性Bさん
    明治政府は明治5年に市街地の衛生管理の視点から青山、谷中、染井、雑司が谷に公共霊園を作ったと思っていましたが、明治政府の廃仏毀釈等で仏教以外の宗教でも埋葬できる墓地が必要になり、公共霊園が出来たそうです。
   また霊園公園化のアイデアは、墓じまい等による返還墓所や無縁墓所の増加でが発端だったようですが、時代のニーズにより、共同埋蔵や樹木葬(実際は芝)にも対応しているそうです。あと、足元の小さな有名人墓所案内板は、管理事務所が設置したものではなく、設置者は不明だそうです。
    本日新しい情報を知ることが出来ました。山口所長、有難うございました。

 女性Cさん
    今回は、「ちかこ(地域活動交流センター)イベントクラブ」との共同で「地元を知る・雑司ヶ谷霊園の成り立ちと150年の歴史」と題し、雑司ヶ谷霊園事務所長の山口浩平氏にお話していただきました。
     雑司ヶ谷霊園は池袋駅からも歩いていける場所です。約10(東京ドーム2個分)の広さで有名人のお墓がいくつもあります。 NHK朝ドラの「ばけばけ」のモデル小泉八雲のお墓もあります。 
    お墓の歴史についてお話を聞いた後、雑司ヶ谷霊園の成り立ちのお話を伺いました。明治維新で神仏分離が行われ、宗教に関係なく誰でも使用できる新しい墓地が必要になりました。そこで江戸時代に幕府や大名が持っていた土地を用いて霊園が誕生し東京会議所が造成経営を行いました。芥川龍之介、夏目漱石、永井荷風等が眠る墓地。彼らの本にも雑司ヶ谷霊園での話が出てきます。雑司ヶ谷には池袋の雑踏とは別世界が広がります。

 


女性Dさん
    雑司ヶ谷霊園管理事務所長の山口浩平氏から、めったに聞けない「霊園の歴史」という貴重なお話を伺うことができ、なるほどそういう事かと合点しました。お墓の歴史や霊園の成り立ちなど日常あまり関心のない分野です。が、区内の雑司ヶ谷霊園は身近な場所であり「知っておこう」と楽しみに参加しました。
   古代日本から江戸時代、明治維新後のお墓の変遷については概略でしたが、日本人の死生観も見えたりして興味深かったです。雑司ヶ谷霊園がどうして誕生したのか、将軍の御鷹部屋跡地とか明治維新との関連など驚きでした。崇祖堂の存在は知りませんでした。
    著名文化人の墓所としての雑司ヶ谷霊園が、現代に生きる住民と繋がり、地域に果たす役割について考えていることが新鮮でした。お忙しい中、多くの写真や歴史的資料をご準備下さりありがとうございました。

 女性Eさん
    本日は、雑司ケ谷霊園の成り立ちと、約150年にわたる歴史について学ぶ機会をいただきました。
    最初に、お墓そのものの歴史についてのお話があり、古代の古墳群に始まり、平安から室町時代にかけて行われていた風葬や鳥葬、江戸時代初期の共同墓地、そして現代の墓地へと至る様式の変遷を知ることができました。人々の死生観や社会の変化が、お墓の形に反映されてきたことが印象に残りました。
    次に、外人墓地についてのお話がありました。その成り立ちは、嘉永6年(1853年)のペリー来航に端を発するもので、雑司ケ谷霊園内の外人墓地のほか、横浜・青山・多磨などにも存在します。以前、横浜や青山の外人墓地を訪れた際、墓石の形や意匠の多様さに強い印象を受けたことを思い出し、今回のお話によってその背景への理解が深まりました。
    その後は、崇祖堂や霊園の再生計画についてのお話、そして雑司ケ谷霊園に眠る文化人の案内へと続きました。雑司ケ谷霊園にはこれまでに二、三度訪れたことがありますが、数ある墓所の中でも特に印象に残っているのは、夏目漱石の椅子の形をした墓所です。文学者としての漱石の個性や思想が表れているように感じられました。
    また、雑司ケ谷という地名の由来についてのお話もあり、「ぞうしがや」の表記には「が」「ヶ」「ケ」「なし」など、さまざまな表記があることを知り、身近な地名にも歴史的な背景や揺れがあることに興味を持ちました。
    これまで複数回訪れたことのある雑司ケ谷霊園ですが、今回の講演を通して、お墓の歴史や霊園全体の概要を体系的に知ることができ、大変勉強になりました。貴重なお話をありがとうございました。