2026年3月24日火曜日

 

「豊島区終活安心センターの活動について」

 

【日時】2026321日(土)1000分~1130
【場所】池ビズ4階・ 地域活動交流センター会議室
【講師紹介】 豊島区民社会福祉協議会
       福祉サービス権利擁護支援室「サポートとしま」
       相橋 映美 チーフ

 

 

 


【受講者の感想】
男性Aさん
 豊島区社協の相橋係長に「終活サポート事業について」のお話をしていただきました。
 豊島区は一人暮らし高齢の割合が多い。社会的孤立を避けるために事業を始めた。事業者として社協が選ばれて、「豊島区終活あんしんセンター」を運営している。相談業務の他に終活情報登録事業というのがある。個人情報保護という問題があるため、なかなか利用が伸びていないが、今後システムの見直しなどで広がるのではないかと思う。
 「豊島区終活あんしんノート」をいただいたので、書いてみようと中を見てみたら、かなり細かく項目が分かれている。これを機械に自分自身の棚卸しをしてみなくては...
  相橋先生、ありがとうございました。いろいろ考えるきっかけをいただきました。

女性Bさん
  相場氏  様相橋さんの、分かりやすい説明、大変為になりました。
  私は、漠然と 「終活を考えなくては」と、思っていました。実際、エンディングノートも3冊 持っていながら行動には移していませんでした。取り敢えず、葬儀をどこでやるかは、契約してあります。頂いたエンディングノートは、全てが揃っていて、本当に役立ちますね。
  我が家も3人子供がいますが、都内に住んでいる長男は、仕事で全国津々浦々出張しています。次男は、名古屋に住んでいますし、長女は、香港です。
  主人が先か、私が先か、分かりませんが、そう遠くない話です。まだ、頭と身体が、動いているうちに、終活始めます。目標では、今年中にと思っていたのですが、何だかんだ忙しくて後回しにして来ました。
  相橋さん、ありがとうございます。少しずつ行動に移します。

 


男性Cさん
  今回のテーマは、終活サポート事業について、豊島区の同事業を受託している"豊島区社会福祉協議会"の終活あんしんセンター出前講座のお話を聞かせていただきました。
  豊島区の終活支援サポート事業は、全国的にも先進的な取り組みとして評価され、多くの視察に対応しているとのこと。R5年度には当時の岸田総理大臣が視察に来られて、対応が大変だったこともあったとか。
  豊島区は75歳以上の単身世帯の割合が全国区市で一番で、また、都内で唯一消滅可能性都市のレッテルを貼られたという背景もあって、前区長の肝入りで終活サポート事業にいち早く取り組んだとのこと。
  後期高齢者の仲間入りをした現在、ふと終活のことを考えることもあったが、具体的に何する訳でもなく、まだ早いかと避けて来てましたが、本日色々なお話を聞かせて頂いて大変参考となりました。特にデジタル契約の内容やパスワード、銀行口座とパスワードは整理して記録しておくことが大事だと改めて認識致しました。(実際の体験者の話しでも、生前に整理されていたことで、大変助かったとの話はよく聞きます。)
   加えて、遺影に使えるような気に入った写真を撮っておくことも大事だと気付きました。変に意識することなく普段の生活の中で、親しい仲間やペットとの楽しいひと時の写真は自然と笑顔が溢れて素敵な写真となる。そのような写真を撮っておくと良い。老人会などで毎年遺影の写真を撮ることをやっているところもあるようだ。(遺影も用意されていたので、直ぐに対応出来たとの話しもよく聞きます。更に、本人も気に入った写真となるので良い。)
   将来への一抹の不安は思っていても、現実の今から考えたくないと避けてしまいがちであるが、先ずは"就活ノート"の書けるところを書いて見ることが第一歩。そんなところからスタートしたいと思いました。そして楽しい仲間たちとの集合写真など、お気に入りの写真を撮っておこう。
   まだまだ、このような全国でも先進的な豊島区の取り組みを知らない人も多く、また個人情報保護の観点から国や行政の直接的な関与など課題も多いこともあるが、少子高齢化の進む現在、啓蒙活動も含めて、システムを充実させて頂きたいと思います。
   本日はご多忙の中、大変参考となるお話しを頂きましてありがとうございました。

 女性Dさん
   今年に入り「そろそろ私自身のしまい方も考えなくては」と、漠然と思っていました。そんな中、豊島区民社会福祉協議会の相橋さんから「豊島区の終活サポート事業について」の出前講座を受けました。どのお話もタイムリーで、初めて知ることが多くとても勉強になりました。
  豊島区は、高齢者人口に占める一人暮らし高齢者の割合が全国区市1位という実態から、23区のトップを切って終活相談業務をスタートさせたそうです。一人暮らしでも安心して最後を迎えられるように、様々な業務を行っていることを知りました。その業務が区ではなく民間委託事業である故の課題も知り大変参考になりました。
   今回の講座で「豊島区終活あんしんノート(エンディングノート)改訂版」を頂けたのは、幸運でした。終活ノートなるものを初めて手にして、いざという時のため備えておくべき事はこんなに色々あるのか!と驚きました。人生の最終章に向けて、自身の記録や自分のやりたい事、もしもの時の事、亡くなった後の希望など自分の想いを書いてカタチにしておく、まさに今それをやる時期でした。このノートを活用しようと思いました。最後の時を見据えて準備しておくことの大切さを再認識できました。
  多忙な業務の中、具体的に色々教えて下さりありがとうございました。

 女性Eさん
   本日の講師は豊島区終活安心センターの相橋さん。終活サポート事業についてお話していただきました。
  人口密度日本一の豊島区は75歳以上の単身住まいの割合も231位です。終活事業の目的は「人生の終末を迎えるにあたり、介護、葬儀、相続などについて希望をまとめ準備をおこなう終活について、悩みや不安を解消し今後の生活をより豊かで充実したものにする」です。
  今は高齢者だけでなく50代の人達からの相談も増えているそうです。65歳以上が登録できる支援事業「はれやか」は登録しておくと、希望サービスの見守りに加え、入退院のサポートや死後の手続き、住宅の手続き等を行う選択サービスも受けられます。
  高齢者になるとできない事がたくさん出てきます。その前の準備は必要です。エンディングノートを配っていただきました。途中で挫折しそうですが少しずつ頑張ります。






2026年2月23日月曜日

「俳句作りのポイント2つ」

 

【日時】2026221日(土)1000分~1400
【場所】池ビズ4階・ 地域活動交流センター会議室
【講師紹介】  現代俳句協会事務局長 大石 雄鬼

 

 


【受講者の感想】
女性Aさん
 今日は毎月の俳句をご指導いただいている大石先生に「俳句作りのポイント2つ」についてお話いただきました。

   まずひとつ目は「見せ場」を作ること。俳句は詩であり、「見せ場」を一つ入れ、読み手の心を惹きつける。ふたつ目は「二物衝撃(モンタージュ)」この二つの物はなるべく離れた方が良い。表面上は離れていても裏に感覚的に繋がっている事が大切である。季語の説明はしない。
   後半はひよこ句会での私達の俳句ひとつひとつに評をいただきました。句会に句を出すと自分の句の弱点(言葉の詰め込みすぎ、説明的、原因結果として言葉が紐づいてしまっている、季語の説明になっている、俗っぽい言葉を使っている)がよくわかります。今回全句の評をいただけたので他の方の句に対しても勉強になりました。
   これからもご指導よろしくお願いします

 女性Bさん
   本日の講師は私達が俳句会でご指導いただいている現代俳句協会の大石雄鬼氏
   「俳句作りのポイント2つ」と題してお話していただきました。
     ①   俳句の見せ場を作る〜おやっと思わせる見せ場を1つ作り、読み手の心を惹きつけ
     ②   二物衝撃〜言葉と言葉、物と物、前後の因果関係をなくすがどこか繋がっている。
    先生のお話を聞いているとなるほどなぁと思うのですが、なかなか難しい… 私が俳句を始めて早6年。なかなか上達しないけど、先生のおっしゃる言葉になるほどなぁと納得出来る。
   俳句はやればやるほど奥が深くて考えれば考えるほど句ができない。
   俳句をやり始めて知った事は、日本語には私の知らない言葉がまだまだいっぱいあるという事です。これからも少しずつ進歩できたら良いなと思います。

 


女性Cさん
   本日は、大石雄鬼先生より、俳句創作における要諦二点、ならびに「袋まわし」による実践的な鑑賞・創作の愉しみ方をご教示賜りました。
   所用により開始に遅れての参加となりましたことは、まことに心残りではございましたが、まさに目から鱗の示唆に富んだご講義を拝聴することができました。とりわけ、理論と実作とを往還しながら俳句の本質に迫るお話は、深い感銘を与えてくださいました。
   講義を踏まえ、初めて「袋まわし」を体験いたしましたが、限られた時間内に一句を成すことの難しさ、そして自らの語彙の乏しさを痛感する機会ともなりました。想像力を掻き立てられつつ、表面上は隔たりながらも、感覚の深層において響き合うような句を志してみたものの、それが果たしてどれほど多くの方々に読み解いていただけるのか――表現の奥行きと伝達の困難さを、あらためて思い知らされました。
    俳句においては未だ初心の域を出ませんが、本日の学びにより、わずかながらも見識を深めることができました。充実した、まことに豊かなひとときを賜りましたこと、心より感謝申し上げます。
   大石先生、まことにありがとうございました。
   今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

 男性Dさん
    現代俳句協会・事務局長 大石雄鬼先生をお招きし久しぶりの俳句講義となりました。
    今回は作句のポイントを 
    ①見せ場を作る・・おやと思わせ読み手の心を惹きつけ、独自の修飾、比喩、取り合わせを考える
   ②二物衝撃(モンタージュ理論)言葉と言葉のぶつかり合いからイメージを導き出す。季語の使い方に工夫・・・ということに留意して句会に作品を挙げて他人の眼から賛意?疑義?拒否など多様な意見が出る中で自分の動機との距離を測る中から作句力を上げてゆくというお話ではなかったかなとの理解でした。
   今月のメンバー全員の投句集の一句一句に評価をしながらより良い修正、添削例の提示もあり参加者の納得感も深まったと思いました。
   午後の部では、ふくろ句会を試験的に採用、実施しました。先生含め15名が各自のテーマ(季語その他)を書いた封筒にテーマにそった俳句を作り納めてゆくという方式で5-6テーマで合計93句ができ、15人が各自特選、並選を指定するというもので、先生の司会で19句の◎がついて終了の運びとなりました。たぶん席題や吟行に向けての力をつけるためには良いトレーニングとなり次回のためには良い時間ではなかったと思いました。




2026年1月19日月曜日

 「雑司が谷霊園の成り立ちと150年の歴史

 

【日時】2026117日(土)1000分~1130
【場所】池ビズ4階・ 地域活動交流センター会議室
【講師紹介】   雑司が谷霊園管理事務所
         管理事務所長 山口 浩平

 

 


 

【受講者の感想】
女性Aさん
 今日は雑司ケ谷霊園の成り立ちと150年の歴史について霊園管理事務所長山口氏のお話を伺いました。
    雑司ケ谷霊園は明治7年に青山、染井、亀戸、谷中と共に墓所が発売されました。
    夏目漱石や永井荷風、小泉八雲などの文化人が眠っています。また、小説やエッセイ等にも雑司ケ谷霊園が登場しているそうです。
    雑司ケ谷霊園の名前のケは大きな方のケですが、小さなケを使っていたり、駅名は雑司が谷だったり混在していてそれでも雑司ヶ谷と共通に認識されているところが面白く感じました。
    どうもありがとうございました。

 男性Bさん
    明治政府は明治5年に市街地の衛生管理の視点から青山、谷中、染井、雑司が谷に公共霊園を作ったと思っていましたが、明治政府の廃仏毀釈等で仏教以外の宗教でも埋葬できる墓地が必要になり、公共霊園が出来たそうです。
   また霊園公園化のアイデアは、墓じまい等による返還墓所や無縁墓所の増加でが発端だったようですが、時代のニーズにより、共同埋蔵や樹木葬(実際は芝)にも対応しているそうです。あと、足元の小さな有名人墓所案内板は、管理事務所が設置したものではなく、設置者は不明だそうです。
    本日新しい情報を知ることが出来ました。山口所長、有難うございました。

 女性Cさん
    今回は、「ちかこ(地域活動交流センター)イベントクラブ」との共同で「地元を知る・雑司ヶ谷霊園の成り立ちと150年の歴史」と題し、雑司ヶ谷霊園事務所長の山口浩平氏にお話していただきました。
     雑司ヶ谷霊園は池袋駅からも歩いていける場所です。約10(東京ドーム2個分)の広さで有名人のお墓がいくつもあります。 NHK朝ドラの「ばけばけ」のモデル小泉八雲のお墓もあります。 
    お墓の歴史についてお話を聞いた後、雑司ヶ谷霊園の成り立ちのお話を伺いました。明治維新で神仏分離が行われ、宗教に関係なく誰でも使用できる新しい墓地が必要になりました。そこで江戸時代に幕府や大名が持っていた土地を用いて霊園が誕生し東京会議所が造成経営を行いました。芥川龍之介、夏目漱石、永井荷風等が眠る墓地。彼らの本にも雑司ヶ谷霊園での話が出てきます。雑司ヶ谷には池袋の雑踏とは別世界が広がります。

 


女性Dさん
    雑司ヶ谷霊園管理事務所長の山口浩平氏から、めったに聞けない「霊園の歴史」という貴重なお話を伺うことができ、なるほどそういう事かと合点しました。お墓の歴史や霊園の成り立ちなど日常あまり関心のない分野です。が、区内の雑司ヶ谷霊園は身近な場所であり「知っておこう」と楽しみに参加しました。
   古代日本から江戸時代、明治維新後のお墓の変遷については概略でしたが、日本人の死生観も見えたりして興味深かったです。雑司ヶ谷霊園がどうして誕生したのか、将軍の御鷹部屋跡地とか明治維新との関連など驚きでした。崇祖堂の存在は知りませんでした。
    著名文化人の墓所としての雑司ヶ谷霊園が、現代に生きる住民と繋がり、地域に果たす役割について考えていることが新鮮でした。お忙しい中、多くの写真や歴史的資料をご準備下さりありがとうございました。

 女性Eさん
    本日は、雑司ケ谷霊園の成り立ちと、約150年にわたる歴史について学ぶ機会をいただきました。
    最初に、お墓そのものの歴史についてのお話があり、古代の古墳群に始まり、平安から室町時代にかけて行われていた風葬や鳥葬、江戸時代初期の共同墓地、そして現代の墓地へと至る様式の変遷を知ることができました。人々の死生観や社会の変化が、お墓の形に反映されてきたことが印象に残りました。
    次に、外人墓地についてのお話がありました。その成り立ちは、嘉永6年(1853年)のペリー来航に端を発するもので、雑司ケ谷霊園内の外人墓地のほか、横浜・青山・多磨などにも存在します。以前、横浜や青山の外人墓地を訪れた際、墓石の形や意匠の多様さに強い印象を受けたことを思い出し、今回のお話によってその背景への理解が深まりました。
    その後は、崇祖堂や霊園の再生計画についてのお話、そして雑司ケ谷霊園に眠る文化人の案内へと続きました。雑司ケ谷霊園にはこれまでに二、三度訪れたことがありますが、数ある墓所の中でも特に印象に残っているのは、夏目漱石の椅子の形をした墓所です。文学者としての漱石の個性や思想が表れているように感じられました。
    また、雑司ケ谷という地名の由来についてのお話もあり、「ぞうしがや」の表記には「が」「ヶ」「ケ」「なし」など、さまざまな表記があることを知り、身近な地名にも歴史的な背景や揺れがあることに興味を持ちました。
    これまで複数回訪れたことのある雑司ケ谷霊園ですが、今回の講演を通して、お墓の歴史や霊園全体の概要を体系的に知ることができ、大変勉強になりました。貴重なお話をありがとうございました。


【ちかこイベントクラブ集計】
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感想 -
1.歴史的なことが多く話されていて面白かった。
2 興味深くとても面白いお話が聞けました。ありがとうございました。
3. 詳しい説明ありがとうございました。
4.もう少し時間を長くしていただけたら良かった
5.夏目漱石のお墓があることは存じていましたが、他にも多くの文化人のお墓あり、地域に住んでいるので詳しいお話しが聞けてよかったです。

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